- 01 静寂のサンクチュアリ
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水面に静かな波を立てながらボートが進んでいきます。
底の見えない水面は、それでも熱帯の日差しを受けて輝き、照り返すきらめきはまぶしすぎるほど。
オーストラリアの中央部、乾燥した「レッドセンター」から雨量豊富な北岸部「トップエンド」へと広がるノーザンテリトリー。
熱帯気候のトップエンドに位置するカカドゥ国立公園は、緑豊かな熱帯雨林や湿原に鳥たちが飛び交う野鳥の楽園です。
「ボートの外には顔や手や、カメラも出さないこと。絶対にだ」。
念を押すようなガイドの言葉で始まるイエローリバークルーズ。
陽気なガイドは仕事を怠ることなく、鳥の姿を見つければ舵を切ってボートを近づけてこの世界の住人たちを紹介してくれます。
広大な湿原から時折聞こえてくるのは鳥たちの声と水面を飛び立つ羽ばたきに水しぶき。
巨大なイリエワニが音も立てずに水面からこちらの様子を伺います。
湿原の主の登場に船内は一瞬静かな緊張と興奮に包まれますが、それ以外に響くのはボートのエンジン音だけ。
水面に浮かぶ蓮の葉に、水底から生えたような木々が幻想的な湿原の世界。
まるですべてが水没したかのような静寂に包まれた聖域。
世界とは、こんなにも静かなものなのです。
- 02 時を駆ける物語
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憧れのタイムトラベルも今はまだ夢の話。
でも、ここカカドゥには時を駆け抜けぬけ、太古の昔に暮らしたアボリジナルを感じられる壁画がそこかしこに残されています。
オーストラリアの先住民族であるアボリジナル。
もともと文字を持たなかった彼らは絵によって様々なことを残し、伝えてきました。
それは「ドリームタイム」といわれる世界創生の物語から戒めの物語、水溜まりの場所や動物の食べてはいけない部位まで様々。
赤と黒と白による独特の色使いと「X線画法」と呼ばれる不思議な手法で描かれています。
なかでも有名なのがウビルーの一部マブユに残る『漁師』です。
赤鉄鉱の赤茶けた線で生き生きと描かれた漁師の姿。
太古の昔、この絵の前でたくさんの子供たちがこの漁師の物語に耳を傾けたに違いありません。
けれども、そうやって先人から受け継がれてきた大切な物語も途絶えかけたことがありました。
18世紀に始まった西欧人の入植。
同化政策と虐殺によってアボリジナルはその人数を大きく減らし、200以上あった言語も75が残るのばかりといわれます。
今ではモダンアートとして評価の高いアボリジナルの絵画。
その起源ともいえる壁画は、彼らの大切な物語とともに、決して忘れることのない歴史をも駆け抜けるのです。
- 03 聖域の守り人
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「まるで銃を突きつけられているような思いだった」。
世界遺産ウルルの登頂禁止を決めた会議で発せられたあまりにも強い言葉。
アボリジナルの部族のひとつアナングの代表による言葉です。
ウルルは、アボリジナルにとって先人の文化や精神が受け継がれてきた場所であり、レッドセンターの乾いた土地のなかで貴重な水場でもありました。
アナングはそんな大切な聖域を守り続けてきたのです。
しかし入植者によって奪われた聖域は、その名さえも「エアーズロック」と変えられ、ようやく「ウルル」として返還されたのは1985年のこと。
以来、聖域への登頂禁止を叫び続けてきた彼らの悲願が達成された“10月26日”は、返還から34年となる節目の日だったのです。
アボリジナルにとってウルルがどれほど神聖なものなのか、ただの旅人に過ぎない私たちが正確に理解することは難しいでしょう。
それでも。夕日を浴びて刻々と色を変えながら荒涼とした大地にそそり立つ岩壁。
空と大地とウルルが織りなす青とオレンジのグラデーションが次第に赤へと染まりゆく光景のなかに立ったとき、この夕日に燃える一枚岩は語りかけます。
この聖域を次へとつなげていく意味を、誰もが守り人になれるのだと。
- point カカドゥ国立公園に生きる聖域の住人たち
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ジャビルー
コウノトリの仲間で翼を広げた長さが2mにもなる大型の鳥。羽を広げた姿も美しい。
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トサカレンカク
まるで水の上を歩いているように見えることから「ジーザスバード」の異名を持つ。
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ダイサギ
真っ白な羽毛と細く長い首と足が特徴。鋭いくちばしと長い首で水辺の魚を捕まえる。
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シロハラウミワシ
ときにはワニも食べるという湿原のハンター。高い木の上に巨大な巣をつくり暮らす。
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イリエワニ
大きいものは体長7mにもなる地上最大のクロコダイル。運がよければ狩りが見られる。
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ワラビー
小型のカンガルーでつぶらな瞳がかわいらしい。岩場や森林で暮らすものなど様々。
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