Story
トスカーナのゆるやかな丘を越え、坂道を登りきると、城壁に囲まれた小さな町がそっと迎えてくれます。「ルネサンスの宝石」と呼ばれるピエンツァです。東西400mほどのわずかな面積に、ルネサンス時代の建築が美しく並んでいます。
15世紀半ば、詩人であり外交官でもあった教皇ピウス2世は、当時の人文主義の思想を深く学び、自分の生まれ故郷を理想の町にしたいと考えました。そこで、ルネサンス文化が花開いていたフィレンツェから建築家ロッセリーノを呼び寄せます。それまでの中世の町は、敵から守る城塞として発展したため、都市としての調和や景観は配慮されていませんでした。ロッセリーノはそこに幾何学と秩序を取り入れ、広場を中心に大聖堂、ピッコロミニ宮殿、市庁舎を整然と配置し、一つの美しい構図として町全体をまとめます。また宗教や政治、日々の暮らしをひとつの空間に集める考え方は、当時としてはとても新しいものでした。町の名前も、自身の名にちなみ「ピウスの町」という意味の「ピエンツァ」と名づけました。
石畳の路地を歩くと、かわいらしいカフェや手工芸の店が並び、名物の羊のチーズ「ペコリーノ・ディ・ピエンツァ」の香りがふわりと漂ってきます。カステッロ通りからはオルチャ渓谷を一望でき、季節ごとにさまざまな表情を楽しめます。ピエンツァの建設は、ピウス2世の急逝によって未完に終わりましたが、この愛らしい街を歩けば彼の夢と理想を感じることができるでしょう。
15世紀半ば、詩人であり外交官でもあった教皇ピウス2世は、当時の人文主義の思想を深く学び、自分の生まれ故郷を理想の町にしたいと考えました。そこで、ルネサンス文化が花開いていたフィレンツェから建築家ロッセリーノを呼び寄せます。それまでの中世の町は、敵から守る城塞として発展したため、都市としての調和や景観は配慮されていませんでした。ロッセリーノはそこに幾何学と秩序を取り入れ、広場を中心に大聖堂、ピッコロミニ宮殿、市庁舎を整然と配置し、一つの美しい構図として町全体をまとめます。また宗教や政治、日々の暮らしをひとつの空間に集める考え方は、当時としてはとても新しいものでした。町の名前も、自身の名にちなみ「ピウスの町」という意味の「ピエンツァ」と名づけました。
石畳の路地を歩くと、かわいらしいカフェや手工芸の店が並び、名物の羊のチーズ「ペコリーノ・ディ・ピエンツァ」の香りがふわりと漂ってきます。カステッロ通りからはオルチャ渓谷を一望でき、季節ごとにさまざまな表情を楽しめます。ピエンツァの建設は、ピウス2世の急逝によって未完に終わりましたが、この愛らしい街を歩けば彼の夢と理想を感じることができるでしょう。

