Story
奈良県明日香村には、「日本の原風景」ともいえる田園風景が広がっています。実はこの地は、日本の歴史が大きく転換した舞台でもありました。
6世紀末から8世紀初めにかけての飛鳥時代、東アジアから多くの文化や技術、政治制度がもたらされます。豪族たちの対立や権力争いを経ながら、やがて天皇を中心とする中央集権国家の形成と律令制度の整備が進められていきました。
その時代を今に伝えるのが、かつて「飛鳥」「藤原」と呼ばれた地域に残る遺跡の数々です。宮殿跡や寺院、古墳といった遺跡をたどることで、新たな国のかたちを模索した人々の歩みが浮かび上がります。
飛鳥宮跡は、歴代の天皇の宮殿が置かれた政治の中心地であり、「乙巳の変」などの歴史的出来事の舞台でもありました。日本最古の本格的な寺院とされる飛鳥寺跡は仏教受容の象徴であり、石舞台古墳は巨大な石室を通して古代豪族の権勢を今に伝えています。さらに高松塚古墳の極彩色壁画には、大陸との交流によって育まれた豊かな文化が表現されています。694年には、中国の都城を手本とした藤原京が造営されました。飛鳥で始まった国づくりは、藤原の地で律令国家形成の大きな節目を迎えます。この頃には外交文書で「日本」という国号が用いられるようになり、私たちが今日「日本」と呼ぶ国の輪郭が見え始めていました。
のどかな景色の中に、日本という国の礎となった出来事が幾重にも重なっている――。飛鳥・藤原は、歴史の大きな流れに触れることのできる場所なのです。(写真提供:世界遺産「飛鳥・藤原」協議会HP)
6世紀末から8世紀初めにかけての飛鳥時代、東アジアから多くの文化や技術、政治制度がもたらされます。豪族たちの対立や権力争いを経ながら、やがて天皇を中心とする中央集権国家の形成と律令制度の整備が進められていきました。
その時代を今に伝えるのが、かつて「飛鳥」「藤原」と呼ばれた地域に残る遺跡の数々です。宮殿跡や寺院、古墳といった遺跡をたどることで、新たな国のかたちを模索した人々の歩みが浮かび上がります。
飛鳥宮跡は、歴代の天皇の宮殿が置かれた政治の中心地であり、「乙巳の変」などの歴史的出来事の舞台でもありました。日本最古の本格的な寺院とされる飛鳥寺跡は仏教受容の象徴であり、石舞台古墳は巨大な石室を通して古代豪族の権勢を今に伝えています。さらに高松塚古墳の極彩色壁画には、大陸との交流によって育まれた豊かな文化が表現されています。694年には、中国の都城を手本とした藤原京が造営されました。飛鳥で始まった国づくりは、藤原の地で律令国家形成の大きな節目を迎えます。この頃には外交文書で「日本」という国号が用いられるようになり、私たちが今日「日本」と呼ぶ国の輪郭が見え始めていました。
のどかな景色の中に、日本という国の礎となった出来事が幾重にも重なっている――。飛鳥・藤原は、歴史の大きな流れに触れることのできる場所なのです。(写真提供:世界遺産「飛鳥・藤原」協議会HP)

