Story
地中海に臨む丘の上で、ひとりの聖者が生涯を閉じたのは1231年のこと。首都チュニスの郊外にあるこの丘は、以来800年近く人々を引き寄せ続けています。斜面を埋める白壁の家々に、青く塗られた扉と窓格子。建物のあいだからは紺碧の海がのぞき、潮風が吹き抜けていきます。
聖者の名はアブー・サイード。祈りと修行を重ねて神に近づこうとするイスラム神秘主義、スーフィズムの導師でした。村の名シディ・ブ・サイドは「我が主アブー・サイード」を意味します。その亡骸が眠るのが、この丘の霊廟です。神に近づいた者に宿る恵みの力「バラカ」は、死後もそこにとどまると信じられていました。ご加護を求めて人々が集い、霊廟を中心に村が形づくられていきます。16世紀以降の王朝は彼のバラカを統治の正統性のよりどころとし、のちにはチュニジアを治めたフサイン朝の君主たちが別荘を構えて、この丘は上流階級の憩いの地となりました。1915年には君主の政令によって建物の色が青と白に定められ、今に続く町並みが守られることになります。
石畳の坂を上り、霊廟を訪ねてみましょう。毎年8月には聖者をたたえる行列が太鼓の響きとともに村を練り歩き、信仰の息づかいを今に伝えます。画家パウル・クレーもこの地を訪れ、北アフリカの光と色に心を奪われました。祈りを求めた人々、権威を求めた君主、光を求めた画家。そして今、青と白の路地を歩く旅人もまた、この丘に引き寄せられた一人なのでしょう。
聖者の名はアブー・サイード。祈りと修行を重ねて神に近づこうとするイスラム神秘主義、スーフィズムの導師でした。村の名シディ・ブ・サイドは「我が主アブー・サイード」を意味します。その亡骸が眠るのが、この丘の霊廟です。神に近づいた者に宿る恵みの力「バラカ」は、死後もそこにとどまると信じられていました。ご加護を求めて人々が集い、霊廟を中心に村が形づくられていきます。16世紀以降の王朝は彼のバラカを統治の正統性のよりどころとし、のちにはチュニジアを治めたフサイン朝の君主たちが別荘を構えて、この丘は上流階級の憩いの地となりました。1915年には君主の政令によって建物の色が青と白に定められ、今に続く町並みが守られることになります。
石畳の坂を上り、霊廟を訪ねてみましょう。毎年8月には聖者をたたえる行列が太鼓の響きとともに村を練り歩き、信仰の息づかいを今に伝えます。画家パウル・クレーもこの地を訪れ、北アフリカの光と色に心を奪われました。祈りを求めた人々、権威を求めた君主、光を求めた画家。そして今、青と白の路地を歩く旅人もまた、この丘に引き寄せられた一人なのでしょう。

