原爆ドーム

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世界遺産 〜The World Heritage〜

第53回 日本 原爆ドーム 核廃絶と恒久平和を 希求する誓いのシンボル

第53回 日本

原爆ドーム

核廃絶と恒久平和を 希求する誓いのシンボル

世界遺産|原爆ドーム

Story

界遺産の中には“負の遺産”と呼ばれるものがあります。条文に定められているわけではありませんが、人類が犯した過ちを示す歴史的証拠もまた、人々の記憶に留めておくべきとの考えから選ばれたものです。代表的な所ではポーランドの「アウシュビッツ=ビルケナウ強制収容所」が挙げられます。そして、わが日本にも、人類史上初めて使用された核兵器の惨禍を伝える「原爆ドーム」があります。

チェコの建築家ヤン・レツルによって設計され、1915年に広島県物産陳列館として誕生。煉瓦と鉄筋コンクリートからなる地上3階・地下1階、銅板葺のドームをのせた、5階建ての階段室がひときわ目を引く、モダンな建物でした。川べりに立つこの美しい洋館が一瞬にして吹き飛ばされたのは、1945年8月6日午前8時15分。爆心地は建物から南東わずか約160mという至近距離でした。原爆炸裂の衝撃波をほぼ垂直に受けたため、かろうじて全壊を免れましたが、中にいた人々は全員が命を落としました。

「戦争を思い出すので撤去すべき」という意見もあり、「原爆ドーム」保存は議論の分かれるところでしたが、戦争の悲惨さ、原爆の恐ろしさを後世に訴える唯一のものであるとして、1966年広島市議会は永久保存を決議。1995年に国の史跡に指定され、翌年世界文化遺産への登録が決まりました。一帯は平和記念公園となり、原爆死没者慰霊碑には平和を祈念する灯が今も燃え続け、平和記念資料館、原爆の子の像などとともに、恒久平和のメッセージを全世界に発信しています。

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チェコの建築家ヤン・レツルによって設計され、1915年に広島県物産陳列館として誕生。煉瓦と鉄筋コンクリートからなる地上3階・地下1階、銅板葺のドームをのせた、5階建ての階段室がひときわ目を引く、モダンな建物でした。川べりに立つこの美しい洋館が一瞬にして吹き飛ばされたのは、1945年8月6日午前8時15分。爆心地は建物から南東わずか約160mという至近距離でした。原爆炸裂の衝撃波をほぼ垂直に受けたため、かろうじて全壊を免れましたが、中にいた人々は全員が命を落としました。

「戦争を思い出すので撤去すべき」という意見もあり、「原爆ドーム」保存は議論の分かれるところでしたが、戦争の悲惨さ、原爆の恐ろしさを後世に訴える唯一のものであるとして、1966年広島市議会は永久保存を決議。1995年に国の史跡に指定され、翌年世界文化遺産への登録が決まりました。一帯は平和記念公園となり、原爆死没者慰霊碑には平和を祈念する灯が今も燃え続け、平和記念資料館、原爆の子の像などとともに、恒久平和のメッセージを全世界に発信しています。

Photos

世界遺産|平和記念公園慰霊碑
▲毎年8月6日に行う平和記念式典の会場になる原爆死没者慰霊碑
世界遺産|広島平和記念資料館
▲広島平和記念資料館には、悲劇を物語る資料が約1,500点も展示

Data

◆登録名:
原爆ドーム
◆登録年:
1996年
◆分類:
文化遺産
◆アクセス:
JR広島駅から広島電鉄広電宮島口行きで16分、原爆ドーム前電停下車すぐ
◆時間:
広島平和記念資料館/9:00〜16:30(時期により変動あり)

※写真・イラストは全てイメージです。ご旅行中に必ずしも同じ角度・高度・天候での風景をご覧いただけるとは限りませんのでご了承ください。

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