リラ修道院

|ブルガリア 世界遺産|阪急交通社

阪急交通社のおせち

世界遺産 〜The World Heritage〜

第268回 ブルガリア リラ修道院 信仰と文化を支え続ける ブルガリア人の心の拠り所

第268回 ブルガリア

リラ修道院

信仰と文化を支え続けるブルガリア人の心の拠り所

世界遺産|リラ修道院

Story

れは10世紀のブルガリアでのこと。世を捨て山に入り、ひたすら修行に明け暮れ、神の声を聴くに至ったひとりの僧がいました。僧の名はイヴァン・リルスキー。やがて彼を慕う僧や信者たちが集まり僧院が建てられ、壮大な修道院に発展していきました。それが、ブルガリアが誇る世界遺産、リラ修道院の創設にまつわる物語です。

首都ソフィアから南へ約120km。リラ山脈の山懐に抱かれたリラ修道院は、統治者の庇護を受け14世紀にはブルガリアの宗教・文化の中心になっていました。しかし1396年からブルガリアは、約500年にわたりオスマン・トルコの支配下に。キリスト教信仰と自国の言語の使用も制限されました。それでも屈することなく、リラ修道院は信仰とブルガリアの文化を守り抜き、オスマン・トルコも黙認せざるを得ませんでした。リラ修道院がブルガリア正教の支柱的存在、ブルガリア人の心の拠り所といわれるゆえんです。残念なことに1833年の大火で建物の大半を失いますが、建築家、芸術家たちが結集し、19世紀後半には見事に再建。城壁のような外陣(修道士の居室)に囲まれて建つ聖母教会は、タマネギ型のドームと白黒で装飾されたアームの列柱廊を持ち、壁、柱、梁、天井を埋め尽くす極彩色のフレスコ画は、ブルガリア宗教画の至宝といえるでしょう。

聖母教会の隣に建つのは唯一、大火をくぐり抜けたフレリョの塔。14世紀の堅牢な姿を伝える鐘塔では、今も修道士が時を知らせており、山中に響く鐘の音を聴くと、往時の光景が蘇ってくるようです。

続きを読む

首都ソフィアから南へ約120km。リラ山脈の山懐に抱かれたリラ修道院は、統治者の庇護を受け14世紀にはブルガリアの宗教・文化の中心になっていました。しかし1396年からブルガリアは、約500年にわたりオスマン・トルコの支配下に。キリスト教信仰と自国の言語の使用も制限されました。それでも屈することなく、リラ修道院は信仰とブルガリアの文化を守り抜き、オスマン・トルコも黙認せざるを得ませんでした。リラ修道院がブルガリア正教の支柱的存在、ブルガリア人の心の拠り所といわれるゆえんです。残念なことに1833年の大火で建物の大半を失いますが、建築家、芸術家たちが結集し、19世紀後半には見事に再建。城壁のような外陣(修道士の居室)に囲まれて建つ聖母教会は、タマネギ型のドームと白黒で装飾されたアームの列柱廊を持ち、壁、柱、梁、天井を埋め尽くす極彩色のフレスコ画は、ブルガリア宗教画の至宝といえるでしょう。

聖母教会の隣に建つのは唯一、大火をくぐり抜けたフレリョの塔。14世紀の堅牢な姿を伝える鐘塔では、今も修道士が時を知らせており、山中に響く鐘の音を聴くと、往時の光景が蘇ってくるようです。

Photos

世界遺産|リラ修道院
▲壁、柱、梁、天井を埋め尽くす極彩色のフレスコ画
世界遺産|リラ修道院フレリョの塔
▲聖母教会の隣に建つのは唯一、大火をくぐり抜けたフレリョの塔

Data

◆登録名:
リラ修道院
◆登録年:
1983年
◆分類:
文化遺産
◆アクセス:
首都ソフィアから車で約2時間30分

※写真・イラストは全てイメージです。ご旅行中に必ずしも同じ角度・高度・天候での風景をご覧いただけるとは限りませんのでご了承ください。

このページの上部へ

リラ修道院|ブルガリア 世界遺産|阪急交通社

Copyright(C)2017 HANKYU TRAVEL INTERNATIONAL CO.,LTD. All rights reserved