 |
 |
 |
数多く残るアンコールの遺跡のなかで敷地面積が約2km²、最大の規模と芸術価値を誇る寺院がアンコールワット。カンボジアを代表する遺跡は、第18代王スールヤヴァルマン2世が即位後建造を命じ、約30年の歳月と3万人もの人力を費やして完成しました。約600年も続いたアンコール王朝の歴代の王は、即位をすると「現代神」として、力を世に知らしめるため大規模な建造物を建造したのです。アンコールワットはアンコールの都城の中心として、そして王の死後は、墳墓寺院となりました。
長きにわたって栄華を誇ったアンコール王朝も15世紀になると衰退の一途をたどり、やがて王宮や寺院は廃墟と化し、密林の中でひっそりと眠りにつき、時を刻んでいきましたが、1860年にトロイを探し続けたシュリーマンの如くアンコールワットを探し続けたフランス人博物学者アンリ・ムオの前に姿を現し、彼の調査記録によって広く世界に知られることとなったのです。 |
|
|
 |
 |
| ▲暁の夕日がアンコールワットの背後に沈む |
|
 |
 |
四方を壕と城壁に囲まれた寺院全体の構造は、ヒンドゥー教の宇宙観を具現化したもので、壕は母なる大海を、城壁はヒマラヤの山々を、そして中央にそびえる寺院の塔は須弥山を表しています。西参道から内部に入れば、壮大な古代インドの叙事詩やヒンドゥー教の神話、歴代の王の物語がレリーフとして回廊の壁沿いに描かれています。第一回廊から第二回廊へ進む途中の十字路回廊付近には日本人初の訪問者とされる森本右近太夫の墨書が残っています。1632年に書かれたもので、日本では当時アンコールワットは仏教の聖地「祇園精舎」として信じられていたのです。 |
 |
 |
 |
 |
| アンコールワットに次いで有名な遺跡。特にバイヨン寺院に立つ、観音菩薩の顔が四面に彫られた巨大な仏塔群が有名。 |
|
|
 |
 |
 |
 |
| およそ1万人以上の僧侶などが暮らしていたされる寺院は、高さ30mのガジュマルの気根侵食された発見当時のまま保存されています。 |
|
|
 |
 |
 |
 |
| みどころは「東洋のモナリザ」のデヴァダー(女神)像。優美な姿は宮廷内の女官や舞姫たちをモデルにしたと言われています。 |
|
|
 |
 |
 |
 |
| アンコール王朝の前に都があった周辺の遺跡群。プリアコーは最古のヒンドゥー教の寺院跡で、6基の祠堂が並んでいます。 |
|
 |
 |
| |
フランス文化薫る「プチパリ」ホーチミンや、活気あふれる首都ハノイ、奇岩が海面に突き出す「海の桂林」ハロン湾など、こちらもシーズン到来・魅力満載のベトナムへ。 |
|
|
|
|
|
|
|
 |
|