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世界遺産 〜The World Heritage〜

第119回 メキシコ メキシコシティ 地下から目覚めた アステカ帝国の都

第119回 メキシコ

メキシコシティ

地下から目覚めた アステカ帝国の都

世界遺産|メキシコシティ

Story

キシコの首都メキシコシティは、2,000万人の人口を擁する世界最大級の都市。ここはかつて“テノチティトラン”と呼ばれ、広大な湖に浮かぶ小島に杭を打ち築かれた、アステカ帝国の首都でした。しかし16世紀、スペイン人のコルテスにより征服され滅亡。街は徹底的に破壊され、湖は埋め立てられ、コロニアル調の大都市が建設されました。市の南にあるソチミルコの「浮き畑」はその名残で、テノチティトランという湖上都市がこの地にあったことを伝えています。

ソカロ(中央広場)は、アステカ時代も街の中心だったところ。1913年に大聖堂の裏で発見されたアステカの遺構はその後の発掘により、テンプロ・マヨール(中央神殿)の跡と判明。生贄を捧げるための石像や祭壇、太陽の石(アステカ・カレンダー)などから、太陽神を最高神とする独自の宗教と、天文学と数学を駆使した正確な暦など、高度な文明がうかがわれます。

コルテスがテノチティトランに至った1519年、最盛期にあったアステカ帝国が、わずか2年後に滅んだ背景には、闇の神に追われた白い肌を持つ神が、国を治めるために戻ってくるという予言があったとか。スペインに圧倒的な力の差をつけられ滅びたアステカ帝国。科学と占い(信仰)、その決着はついたにも関わらず、それすらも彼らの予言の通りでした。そして、太陽の石は2012年の冬至付近で記録が途絶えており、世界の終末を憂える人も。しかし、我々はまだその結末を知ることはできないのです。

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ソカロ(中央広場)は、アステカ時代も街の中心だったところ。1913年に大聖堂の裏で発見されたアステカの遺構はその後の発掘により、テンプロ・マヨール(中央神殿)の跡と判明。生贄を捧げるための石像や祭壇、太陽の石(アステカ・カレンダー)などから、太陽神を最高神とする独自の宗教と、天文学と数学を駆使した正確な暦など、高度な文明がうかがわれます。

コルテスがテノチティトランに至った1519年、最盛期にあったアステカ帝国が、わずか2年後に滅んだ背景には、闇の神に追われた白い肌を持つ神が、国を治めるために戻ってくるという予言があったとか。スペインに圧倒的な力の差をつけられ滅びたアステカ帝国。科学と占い(信仰)、その決着はついたにも関わらず、それすらも彼らの予言の通りでした。そして、太陽の石は2012年の冬至付近で記録が途絶えており、世界の終末を憂える人も。しかし、我々はまだその結末を知ることはできないのです。

Photos

世界遺産|ソチミルコ
▲かつて水郷であったアステカの名残を残すソチミルコ
©Grigory Kubatyan
世界遺産|太陽の石
▲現代と変わらない正確な暦が刻まれた太陽の石

Data

◆登録名:
メキシコシティ歴史地区とソチミルコ
◆登録年:
1987年
◆分類:
文化遺産
◆アクセス:
メキシコシティへは、ベニート・フアレス国際空港から車で約30分。ソチミルコへはメキシコシティから車で約30分

※写真・イラストは全てイメージです。ご旅行中に必ずしも同じ角度・高度・天候での風景をご覧いただけるとは限りませんのでご了承ください。

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