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昨年建都300年を迎えた、ロマノフ朝の都サンクト・ペテルブルグ。元レニングラードと呼んだ方が、ピンとくる方も多いかもしれません。1991年のソビエト連邦崩壊はまだ記憶に新しいですが、これをきっかけに街の名前は建都当時のものが使われるようになりました。
そもそもサンクト・ペテルブルグという名前は、いくつもの意味を掛け合わせて作られたもの。その中のひとつ「ピョートル大帝の街」が意味する通り、ここはまさにピョートル大帝の野望を実現した街でした。彼の野望とは、ロシアを西欧化、近代化すること。そして帝都サンクト・ペテルブルグを、「ヨーロッパに向けて開かれる窓」とすることだったのです。ピョートル大帝の時代はもちろん、歴代の皇帝にも彼の意志は受け継がれ、サンクト・ペテルブルグの街は、ヨーロッパを思わせる壮大で華麗な建物によって彩られることになったのです。
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なかでもエカテリーナ2世の時代は、ロマノフ朝の黄金時代。彼女は即位したときに貧窮していた財政を立て直し、それを国内外の美術品の収集につぎ込んだのです。その数なんと数千点。住まいとしていた壮麗な冬宮に、さらにエルミタージュと呼ばれる優美な「離れ」を増築すると、そこに愛人を住まわせ、さらにコレクションを並べ私的なサロンとして楽しみました。これこそ世界三大美術館のひとつ、エルミタージュ美術館のはじまり。後に増え続けるコレクションのためエルミタージュはさらに増築され、現在の美術館の姿となったのです。
美しいものを愛した女帝のお気に入りだったエカテリーナ宮殿は、純度の高い金が100キロ以上も使われた、まさに贅沢の極み。他にも豪華絢爛なピョートル宮殿など、サンクト・ペテルブルグはまさに美の宝庫。ロマノフ朝の栄華が薫る古都へ、ぜひ足を運んでみませんか。 |